(前回からの続き)
“ズダダダダァァァァーーーンンッ、”
さっきより少し日差しが勢いを落とした、夕暮れ時の入り口の空気を震わすSRの
排気音が、アパートと道路を隔てた学校の壁に反射し、周囲に響きました。
“ドォォォォーーーッッ、ダッ、ダッ、ダッ、ダッ…”
チョークを戻したSRは、全身を小刻みに震わせながら、1100rpmあたりで
規則正しくアイドリングを始めました。
「うん、お見事。なるほど、コツを掴むまで大変そうだな」
腕組みをしながらエンジン始動の一部始終を見ていた自分に、シートの上に
座ったまま、ポロシャツの胸ポケットから煙草を取り出し、ジッポーでタバコに
火を付けたRは、吸い込んだ一口目の煙を吐き出しながら顔を向けました。
「まぁな。でもこれがイイんだよ。“エンジンに火を入れる儀式”がさ」
指の間にタバコを挟んだまま、シリンダーフィンに手を当て、エンジンが
暖まったことを確認して、ヒラリとSRから降りました。
「もう暖まったべ。太田、乗ってみ」
センタースタンドを外し、サイドスタンドに車重を預け、左に傾いだSRの
タンクを左手でポンッと叩きながら、自分を促しました。
「それじゃ、お言葉に甘えて」
「いきなりクラッチ繋ぐなよ。半クラ気味に繋がねぇとエンストする。
それとまだ慣らし中だから、あまりエンジン回すな」
持ち主のアドバイスに耳を傾けつつ、視線を前に向け、少し重さを感じる
クラッチを握りながら、ギアを1速に踏み込みました。
「判った。じゃ、ちょっと乗らせてもらうわ」
Rの返事を待たず、アクセルを軽く煽りながら探るようにクラッチミート。
すると、後ろから“ドンッ、”と軽く蹴られたようにSRは前に出ました。
「ヤベッ、少し回転が高かったか??」
ほんの少しSRの前輪が地面から離れた感覚がありましたが、動揺した姿を
Rに見られたくなかったので、さらにアクセルを開けました。
“ドダ、ドダダダァァァァーーーッ”
ノーヘルの耳に小気味よい排気音が伝わり、
タコメーターを見て、3500~4000rpmで2速にシフトアップ。
その瞬間、リアタイヤがアスファルトを蹴っ飛ばすようなトルク感を感じました。
「これがシングルのトルク感か。なるほど、これは面白いな」
さらに同じような回転数で3速にシフトアップ。
どうやらこのエンジンは、あまりエンジン回転数を引っ張ってシフトするより
トルク感を感じるこの領域でギアチェンジするのが楽しい。と感じました。
海浜公園裏のストレートに入る、右直角コーナー手前でブレーキングと
シフトダウン。
すると一瞬、リアタイヤが「キャッ、」と鳴く音がして車体が暴れました。
「うわっ、エンブレかなり効くなぁー!ちょっとビビったぜ」
それまでエンジンブレーキなどまるで当てにならなかった、2サイクル3気筒に
乗っていた自分が体験したことのない、強烈なエンブレに焦りました。
コーナーを抜けてアクセルオン。
“ドタタタタタァァァーーーッ、”
低めに抑えの効いた排気音をアスファルトに叩き付けるように、
SRは自分が想像していた以上に軽快に加速して行きます。
「確かにコーナリングが軽快だ。KHよりも立ち上がり加速もイイや」
KHは2サイクルだったこともあり、しっかりパワーバンドに回転を
持って行かないと“モェェェェェ~~~ッ”とした府抜けた加速でしたが、
初めて乗った400cc単気筒は、そのトルクを生かし、低めの回転でも
しっかり車体を前に押し出して行ったのでした。
「うん、これは面白いバイクだ。KHとは全くキャラが違うな」
長い直線に見切りを付け、ノーヘルのまま乗っていたのを思い出して
適当な所でUターン。
来た道を今度はゆっくり走りながら“トッ、トッ、トッ、トッ…”という
鼓動を楽しむように帰りを待つRの立つ所へ戻りました。
「どうだ?面白れぇだろ??SRって」
「うん、これは面白い。KHとはまるで別の乗り物だよ」
自然に零れる笑顔で答えながらキーをオフにし、サイドスタンドを出して
SRから降りました。
まだ身体に残るSRの振動の余韻に浸りつつ、自分も胸ポケットから
タバコを抜き出し、ジッポーで火を付けました。
まだ熱の残るSRの傍らにしゃがみ込み、無言で細部を眺めました
「お前もさ、SRに乗れよ。これは良いバイクだぜ」
腕組みをし、笑いながら諭すような口振りを自分に向けたRを振り仰ぎ、
「あぁ、ちょっと考えてみるよ」
そう返しながら、再び視線をSRに戻すと、太いエキパイに宿った光が
キラリと輝きました。
これが自分が初めてSRというバイクに出会った日のことでした。
(その4へ続く)
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