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【SR Forever】(その6)

 

 

(前回からの続き)

 

 

その頃、住んでいた6畳一間の安アパートの部屋には固定電話がなく、

週に1度だけアパートから少し離れた生協の前にあった電話ボックスから

甲府の実家に『生存確認』を兼ねて電話をしていました。

 

「もしもし、母さん?…うん、元気にやってるよ。父さんは帰ってる??」

 

それだけを伝える間にもコインスロットに落とし込んだ10円玉は

“カシャッ、カシャッ”と音を立てながら落ちて行きます。

 

「お父さんは今、トイレ。あぁ、出て来たから代わるね」

 

オヤジに受話器が渡る間にも右手から10円玉を矢継ぎ早にスロットへ落とします。

 

「正幸か。元気にやってるのか?」

 

「うん、元気だよ。もうすぐ前期試験だから、バイトから帰って勉強してる」

 

ホントは勉強も手に付かず、SRの事で頭が一杯だったのですが、

そこは仕送りをもらって大学に行かせてもらっている手前、一応学生らしさを

伝えておかないといけません。

 

「そうか、頑張りなさい。ところで何か用か?」

 

いつもは母親と話す時間が長い自分が、ロクに母親と話をせず、すぐに電話を

自分と変わったことに父親は何かを感じ取ったようでした。

 

「あのさ、欲しいバイクがあるんだけど、父さんの伝手で探してもらえないかな」

 

「バイク?何が欲しいんだ??」

 

父親も自分が前回実家に戻った時、長年借りていたKHを元の持ち主に

返したことは知っているので、そろそろ息子が『禁断症状』が出ていることを

悟ったようです。

 

「ヤマハのSR400。知ってる??単気筒のバイクだよ」

 

「あぁ、ヤマハのな。400単気筒のバイクか」

 

自分の口から『単気筒のバイク』という言葉が出たのが意外そうな口振りでした。

 

「そう。もちろん中古で。父さんの知り合いのバイク屋に当たって欲しいんだ」

 

「いくらぐらいするんだ?お前の持ってる金で買えるのか??」

 

なかなか痛い所を突かれましたが、先に『中古で』と言っておいたのが幸いでした。

 

「バイトで貯めた金にちょっとだけ貸してもらえると、凄く助かるんだけど…」

 

「そうか。で、そのSRは何種類かあるのか?」

 

その問いを待っていたかのように、自分の希望を伝えます。

 

「色は黒が良いんだけど、程度が良ければ何色でもいいよ。それと出来れば

 スポークホイールじゃなくてキャストホイールの方を…」

 

「キャストホイール??なんでそっちがいいんだ?」

 

細かく説明すると、今用意している小銭を全部投入しても伝えられなそうだったので、

「そっちがカッコ良いから」とだけ伝えました。

 

「判った。知り合い(のバイク屋)に相談しておくから」

 

「よろしくお願します。また電話します」

 

「あぁ、勉強をしっかりな。それと…」

 

“ガチャッ、プゥー、プゥー、プゥーッ…”

 

父親が何か伝えたかったところでスロットに投入していた10円玉は尽き、

電話が途切れてしまいました。

 

「あっ、切れた。…まぁ、伝えたいことは言ったからいいか」

 

受話器をハンガーに戻し、ボックスのドアを開けました。

夜の10時を過ぎても、相変わらず目の前の国道1号線を行き交う車は多く、

歩道を歩く自分のところまで黒煙を残し走り去るトラックが巻き起こす風が、

横殴りに自分を揺らしました。

 

「父さん、程度のイイSRを見つけてくれるといいなぁ」

 

自分の想いを星に託してしてみようかと思い、立ち止り顔を空に向け仰ぎましたが

空は厚い雲に塞がれ、星空どころか今にも雨が降りそうな雰囲気でした。

 

「あぁ、雲が分厚いなぁ。明日は雨かもな…」

 

少しがっかりしながらまた歩き出し、車の切れ目を待って1号線を横切り、

台所の窓越しに見える、暗い常夜燈が灯るアパートのドアを開けました。

 

(その7へ続く)