(前回からの続き)
自宅から続く細い道を各部の様子を伺いながらゆっくり進み、
自分の物になった黒いSRを、昇仙峡へ続く県道に連れ出しました。
「うん、やっぱりこの振動とトルク感は面白いな」
Rの赤いSRに乗った時に感じた印象は自分の黒いSRも同じで、その時と同じように
3000rpm~3500rpmを目安にシフトUP。
このエンジンは、レッドゾーンの始まる7000rpmまで引っ張るより
トルクを感じられるそれくらいの回転数が心地良さを感じます。
「なんだろう。上まで回すよりこれくらいの回転数が気持ちいいな」
この2バルブ単気筒エンジンの特性なのか、鋭い吹け上がりではなく
例えばスーパーカブのエンジンを大きくした。と言えばイメージしやすいかもしれません。
特にギアを5速に入れ3000rpm、およそ60~70km/hで周りの景色を見ながら
エンジンが生み出す鼓動を感じながら走っている時が気持ち良いのです。
「うーん。『バイクに乗ってる感』が強く感じられるぞ。これは楽しいな」
2年ほど借りて乗っていたKHは、2サイクル3気筒だったこともあり、
いつもどこが『気ぜわしさ』を感じ、今と同じような速度で走ると、
「遠慮するな、もっと(アクセルを)開けろよ」と訴えてくることがありましたが、
このSRにはそれは全くありませんでした。
むしろ「これくらいのスピードでのんびり行こうぜ」と言いたげです。
すると、敷島方面に分岐する交差点の手前で目の前を走っていた白い軽トラが
必要以上に減速する様子が目に入りました。
「なんだあの軽トラ、止まるのか??」
交差点のかなり手前からブレーキランプを灯し、自分との距離が詰まりました。
少し強めにフロントブレーキを握ると、SRは“グンッ、”と前にのめるように
フロントフォークを沈み込ませました。
「やべッ、思った以上にブレーキが効くな!」
借りて乗っていたKHと同じようにSRもフロントシングルディスクブレーキ&
リアドラムブレーキなのですが、設計年代の違いなのか、格段ブレーキが効きました。
特にKHのリアブレーキは、ワイヤー引きだったためダイレクト感が薄く、
踵で思いっ切り踏み込まないと効かない程だったので、当たり前に効くSRの
リアブレーキは安心感が持てました。
「っったく、危ねぇなぁ。あの軽トラ、じいさんが運転してたのかよ」
悪態を付くと、SRは”ガコッ、ガコッ、ガコッ、”と不機嫌にノッキングしました。
「おっとヤバい!」
瞬時に5→4→3とシフトダウン。
必要以上に減速した軽トラの右後の荷台を、掠めるように右にかわしてアクセルを
開けると、「ドンッ、」という後から背中を押し出される感覚で加速しました。
「うぉ、コイツ本気出すと思ったより速いな!!」
初期型SRはVMタイプのキャブレターを使用していたため、その気になれば
鋭い加速をすることも可能で、88年のモデルチェンジでCVタイプキャブ&
カムシャフトの変更&マフラー出口の小径化で大幅にキャラクターが変わったSRとは
違い、まだ初期の荒々しさを残していたのです。
ちなみに当時のSR400のキャブは、VM32。SR500は加速ポンプ付きの
VM34。88年以降は400も500も同径のCVキャブに統一されました。
思いがけずSRの『本気加速』を味わった後は、また平和な回転数に落として、
昇仙峡へ続く県道をのんびり登って行きました。
渓谷に続く奇岩が見所の昇仙峡へは、古めかしい『長譚橋』渡り渓流に沿って
左に入りますが、その道は下りだけの一方通行。(地元と馬車のみ進入化)
進路を右に取って進むと気持ちの良いコーナーが始まります。
「カーブって苦手なんだよなぁ…」
今では考えられませんが、当時の自分はコーナーが苦手で、借りていたKHの
ステップが少し路面を擦っただけでビビり、車体を起こしてしまうほどでした。
「SRのコーナリングってどうなんだろう」
初めてRの赤いSRを借りて乗った時は、『コーナーを攻める』どころか
『曲がり角を、ただ無難に回っただけ』でした。
とりあえず様子を探るようにコーナーの手前で50km/hまで減速。
曲がりたい方向へ頭を向けて、恐る恐るバンキング。
するとリアタイヤから“スコッ”という感じで車体が傾き、それに少し遅れるように
フロントタイヤが曲がり始めました。
「えぇーーッ、なんだこの感覚??KHとは全然違うぞ!」
KHは前後とも18インチでしたがSRはフロント19インチ、リア18インチの
組み合わせでSRの方が後が1サイズずつ太いため、安定感がありました。
コーナーの一番内側を通った所でアクセルON。
すると前輪が立ち上がるように『車体が起きてくる感覚』を受けたのです。
「おわわーー、何だこりゃ!立ちが強いじゃないか!!」
SRは70年代の大型車両で定番サイズのホィール径を採用していたため、
KHでは全く感じなかった『立ちの強さ』を体験したのです。
「やばいッ、アウトに膨れるーーーッ、」
パニックにはならなかったものの、冷や汗が額に流れました。
反射的にアクセルを少し閉じると、加速が鈍り、それを幸いと上半身を
右に倒すようにハンドルに体重を掛けました。
“ドタタタタタァァァーーー”
何ともぎこちない加速でコーナーをやり過ごしましたが、この時は
「本当に単気筒はコーナーが速いのか?ウソだろ??」と思ったのです。
「これは慣れるまでしばらく掛かりそうだなぁ…」
付き合い始めた男女が相手のことを判るまで時間が掛かるのと同じように
自分は『SRの特性を理解するまで時間が掛かる』と感じましたが、
きっとSRの方も「なんだコイツ。自分のことを全然判ってねぇな」と
思っていたかもしれません。
ともかく、何度も乗って、長い時間を過ごさないと、お互いを判り合えないでしょう。
むしろ、すぐに判ってしまうようでは、途中で飽きて以前の持ち主のように
短い付き合いで終わってしまっていたかもしれません。
「でも、やっぱり面白いバイクだな」
さっきのコーナーで冷や汗をかいたこともすぐに忘れ、次の左コーナーへ向け
「次こそは上手く回ってやるッ!」と意気込んだのでした。
その夜、仕事から帰って来た父親にSRを手に入れてくれた感謝を伝え、
一緒に晩酌に付き合ってる時でした。(あ、この時はまだ未成年だったっけ?)
「どうだ正幸、SRに乗ってみたか?」
SRを停めていた位置が微妙に変わっていたことに気付いた父親は、
自分が早速SRに乗ったのが判っていたようでした。
「うん、乗ったよ。とっても面白いバイクだよ」
「そうか。しかし、お前が単気筒のバイクを選ぶとはな」
「そうだね。でもSRにして良かったよ。
父さん、改めてイイ物を見つけてくれてありがとうございます」
かしこまって頭を下げると、それに頷いた父親が
「キックもW(父親が所有する『カワサキW3』)に較べて軽いしな。
単気筒の割には振動もそんなに凄くないし、乗り心地も悪くない。
なかなか良いバイクじゃないか」
自身が乗った感想を告げました。
「ん?そう言えば、電話では走行距離4800kmぐらいって言ってたよね。
メーターを見たら1000kmぐらい増えてるんだけど…」
すると父親はニヤッと笑みを浮かべてこう言いました。
「あぁ、手元に来て少し乗ったからな。静岡の康雄(叔父)の所へあのバイクで
行って来た」
「えぇー、なんだ、自分が乗る前にツーリングに行ったの??」
「あぁ、ちょっと借りた。浩幸(自分の弟)も乗ってたぞ」
「何ぃ~っ、あの野郎!許さんッ、」
どうやら自分が初乗りをする前に父親と弟がSRの“味見”をしていたようです。
金を出してくれた父親はともかく、弟まで乗っていたとは予想外でした。
高2の頃、弟の新しい自転車が届いた時、本人が乗る前に自分がちゃっかり借りて
身延まで乗って行ったことがあったので、きっとその仕返しでしょう。
「それで走行距離が増えていたのか」
少しだけガッカリしましたが、これから先、あのSRと積み重ねる走行距離に
較べれば、誤差みたいなものだ。と自分に言い聞かせました。
「明日、(茅ヶ崎に)帰るのか」
3杯目の水割りを作りながら、父親が問い掛けました。
「うん、月曜日からまた学校だし、明日は早めに帰るよ」
「夏休みはこっちに返ってくるのか?」
「そのつもりだけど、バイトしないと(SRを買った金が)返せないから」
「バイトならこっちでもあるだろう」
「そうだね。向こうでやってるバイトの予定次第で考えてみるよ」
頭の中はさっき乗ったSRのことで一杯だったので、曖昧な返答をしておきました。
「それじゃ寝ます。お休みなさい」
酔いが回って先に居間で横になった父親の姿を見ながら、12時過ぎまで母親と
大学生活の話をしていましたが、外に停めてあるSRが気になったので、
潮時を見て話を切り上げました。
ついでに寝る前にタバコを吸おうと外に出ると、月明かりに照らされたSRの
姿が目に入りました。
「うん、カッコ良いな。これからコイツと色々な所へ走りに行きたいなぁ。
あぁ、そうだ。大学生のうちに北海道へツーリングも良いかもしれない」
新たに相棒になったSRのタンクをそっと撫でながら、そんな妄想が膨らみました。
「おやすみSR。明日からよろしくな」
ハンドルロックがしっかりしてあることを確認し、離れの部屋に足を進めましたが
思わずもう1度振り返ってSRに目をやりました。
すると、メッキミラーに「キラッ、」と月明かりが反射しました。
「こちらこそ、これからよろしく」
何となくSRがそう言ったように感じ、自分も笑顔でそれに応えたのでした。
【SR Forever】第1部終わり
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